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2015年12月 6日 (日)

【100ケ日 法要】

8月29日、母が亡くなり本日(12/6)で100日を迎えました。
母は本当に偉大でした。
80歳にして、ピアノリサイタルのトリを務める予定でした。
出番間近(3人前)でスーッと後ろに眠るように倒れて…。

その日私は秩父宮ラグビー場で日本代表戦をナイター観戦。
キックオフ(19時)直後でした。
「身内の方ですか?」
携帯に電話があり、
「いま救急車の中からかけています、」と…。

急いで兄弟たちに連絡(留守電)、福岡の親戚の叔父さんに連絡して、病院に行って貰い…。

家族6人、車で21時過ぎに出発。
しかし、深夜浜松で仮眠し、朝一番の新幹線で福岡へ。

シーズン直前だったこともあり、家族葬儀にて親戚一同が福岡に集まりました。
いま思ってもこれで良かったのだと自負しています。

9/19、母が生きていれば81歳になる筈だった日、日本代表が南アフリカに勝つという歴史的快挙(ワールドカップ24年振りの勝利)を収めてくれました。
本当に母は偉大です。

そして、本日100ヵ日を迎えました。
この100日でラグビー界は激変しました。
日本代表の努力が報われた歴史に残るラグビーワールドカップ、予選3勝で世界の目が変わりました。

私も変わらなければなりません。
まだまだ進化し、精進しなければなりません。
母には言葉にならないほど感謝しています。

この母無くして今の私は無し
ご冥福を心からお祈りします


※ ご報告が遅れましたこと、またこの様な形で報告させて頂くこと、深くお詫び申し上げます。

村田 亙

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コメント

それは、大変でしたね。改めてお母様のご冥福をお祈り致します。実は、私の母も昨年九月十一日に膵臓癌で78歳の生涯を終えました。癌が見つかってからの早かったこと。私もワクチンを取りに東京の病院まで2回ほど走りました。しかし、仕事で最期の死に目には会えず、心残りとなりました。私も決して親孝行な子どもではなかったので、随分苦労をかけました。ラグビーで2回ほど入院、手術をしたときも見舞いに来ては、「もう、ラグビーは辞めとき。」と心配をしては病室でそんな話をしてました。今度は母親が病室で死ぬ直前も、夜遅くまで父親とのなれそめや、結婚後の苦労した話、孫の話や、自分のこれからのことなどをこんとんと話をし、苦労はしたが、幸せな人生であったと言っておりました。私自身何一つ親孝行なことはしておりませんが、せめて健康に日々が過ごせていることに喜びを感じ生きていくことが、天国にいる母親のせめてもの恩返しかなぁと思っています。村田さんも今大変な時期でしょうが、きっとお母さんも天国で見守ってくれていると思います。その思いをもって来週の試合に臨んでもらえればと。陰ながら応援しております。

投稿: 京都のミスターK | 2015年12月 8日 (火) 08時59分

御母堂様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
ピアノの発表会であと3人というところで倒れられたというのは誠に残念でなりません。せめて演奏が終了するまで・・・と。
入替戦においては1部残留を果たし、お母様の墓前に
いい報告が出来ることを同じ専修大学OBとして願ってやみません。

投稿: TA | 2015年12月 8日 (火) 20時49分

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